やっぱり俺はこの子の事が好きなのだ

妻との出会いから子育てまで

問題が起きた時の対応

引き出しを開けられるようになった1歳4ヶ月の娘がメンタームの蓋を開けて舐め回していた。

メンタームに含まれる"カンフル"という成分が防虫剤の「しょうのう」と同じ成分とのことで、

慌てて調べたのだけれど知恵袋的なサイトの素人解答ばかりで対応方法の信頼性に欠けた。

妻から、#8000 で小児救急に相談電話をかけられるというのを聞き電話。

・5g以上誤飲の場合は病院へ(メンターム

・飲んで5〜10分で症状は出るので、90分以内に嘔吐や下痢など現れなければ問題ない。

・水は飲ませていいが、牛乳はだめ。

先方側に対応マニュアルがあるようで、それを読んでくれているようだった。

ゆっくりと落ち着いたトーンで話していた。

5g以上、誤飲はしていなそうだったので、ひとまず様子見し、今はすやすや寝ているので問題はなかったようだ。

一般的な問題発生後の対応としては、対処の選択肢を洗い出す、洗い出したら落ち着く、状況に応じて行動する、再発予防策を練るという思考で接している。 誰かを責めることに全くプラス要素はないので絶対にしない。その誰かが未然に防いでくれている問題が必ず存在するし、覆水はけして盆にかえらないから。

妻から「手に届く所に置いといてごめん」と言われ「?」となったのは、むしろ、目の前で引き出しあけてるのを見てなかったのは俺だったから。

時間をおいて思い返してみると一つ抜けている問題発生後の対応として、謝るという発想が自分には抜けていたこと。

必ず問題は起こる、起きたら対処し、再発予防策をねればいい、あわせて想定できそうな問題を先回りして予防する良い機会とする、という思考回路で自動運転しているので、仕事でも問題が起きた時に、謝罪のステップはむしろ不要で、リカバリと予防策だけしっかりしてもらえればいいと思っている(特に社内) という、この発想自体が、謝られる側の思考回路というか、世間ずれしているかもしれないと思いついた。

そういえば仕事でも謝られる側に立ち、対処の舵を取るシーンが多いので、謝られるのがめんどくさくて嫌というか、そういう意識がどこかにある。 そういうことを認識する機会だった。

思い切ってやって良かったこと

直近1年間くらいの、思い切ってやって良かったこと。

こうして書いてみて気づいたのだけど、共通したテーマは”時計の針を進めること”だった。

■ 5年ぶりにケンカ別れに近い状態だった前職の後輩にバンコクまで会いに行ったこと。

前職当時、会社のエースになった急成長中の後輩、育ての親のつもりで接してきた上司である私を責めるの図、私はどん底

海外の高揚も手伝って楽しく話せた。

当時の話しは特にせず、お互いの現状報告と未来の展望を話して、また会う約束をした。 今はベトナムに行った模様。

海外で働く事に対する憧れのようなものが、ずっと自分の中にあった。

海外、というより、生まれ育った土地から離れて生活できるようになることに対する憧れ。

と同時に、土地に根を貼る既得権者への憎悪(特定の対象があるわけでなく、漠然とずっと嫌い。何故だ)

大学で上京したのもそうだし、自分で起業したのも多分そう、現在会社を海外展開で動かそうとしているのも多分そう。

精神的、肉体的に生まれた場所から遠くへ行きたいのだ。

先に行きやがってという気持ちもあり、嬉しくもあり。

■ 13年間お礼を言えなかった集英社バイト時代の編集長に会いに行ったこと。

フリーターは、学生でもない社会人でもない曖昧な状態だった。

そこで会った面倒見の良い社会人がその人だった。

同業者の飲み会にその人の部下にあたる人がいて繋いで頂いた。

”あなたが出会う人は,誰でも何かを恐れているし,誰かを愛しているし,何かを失った人なのだという事を覚えておきなさい”

人生の100箇条みたい手紙と金一封を退社時に頂いた。

お礼の手紙を書こうと思ったけど、相手は文章のプロだと気が引けて、投函できずに時間が過ぎた。

1人前になったら連絡しようと13年も経っていた。

1人前かどうかは怪しいが、当時と変わらず一人の人間として接してもらった。

結局マシンガントークを浴び、お礼を言う暇なく。

今年で定年らしいので、また会いに行く。

■20年ぶりに中学校の同窓会に参加した。

当時を思い出すと自意識の強さに目眩。

恥ずかしいだけならまだしも他人を傷つけ、そのこと自体が自分の中でしこりになっていたり。

正直、仲の良いメンバーが参加しそうになかったので、直前まで迷ったのだけど、思い切って参加した。

”謝れそうな人にちゃんと謝る”

というのが裏テーマだった。

結局、謝罪は当時の担任にだけした。

「どれを謝りたいの?」

と言われて笑った。

あと初めて付き合った子にも会った。

当時、ろくに話さなかったので、どういう子かも知らなかったし、話してみてやっぱりよくわからなかった。

ただ初めて付き合って自意識をこじらせた苦い記憶だけあって、消化しきれずにいた。

「当時はお互い幼かったよね」

というマジックワードを貰って、時計の針を進めた気がする。

また別に、謝れなかった人もいたけど、その話題に触れないで良かったようにも思うし、話すことはできた。

結論、良かった。 いにしえの後悔や心残りは、蓋をせず、時計の針を進めに行くべき。

子供の嘘について

時間を意識して行動できるようにと残り時間が見える時計を購入。

夕飯を食べる時にも試験的に使っているのだけど、残り時間を不正に延長する長女を妻が発見。

叱る前に罪を感じた長女は号泣。

子供と生活する中で嘘について考えさせられるシーンがちらほら。

5歳はそういう年齢かもしれない。

僕は嘘をつくこと自体があまり悪いと思っていない。

むしろ嘘自体を世間一般より良いイメージで捉えている気がする。

長女について、もし自分が見つけていたら、「今何した笑?」と言って笑ってすましていたかもしれないし、また見つかったのが妻ではなく、僕だったら長女の反応も違ったような気がする。

■悪い嘘

・後ろめたさがつきまとう(自己保身。誤魔化せても、嫌な記憶として残る)

・誰かを傷つける(他者への攻撃。言わずもがな)

■良い嘘

・誰かを悲しませない嘘(例:まずい飯をうまいと言うこと)

嘘を自己保身と他者への攻撃のために使ってはならないが、他者にとってその方が良いと思う場合は嘘ついていいと思う。

嘘を全否定し、真実以外話してはいけない場合は、「嘘ではない」みたいな婉曲なテクニックを覚え、結局自分に嘘をついてないと信じ込ませるみたいな要素が出てくる気がしている。 それもまた悪い事ではないけど、自分をうまく騙すか、他人を騙すかの違いでしかない。

完璧な聖人などこの世にいないのだから、初めから清濁合わせ飲もうの精神。嘘はついて良い(条件付き)

今のところ、嘘について僕が特に注意しなくてはならないような状態ではないので、困っているわけではない。

結局の所、自分で失敗したり成功したりして学んでもらうしかないよなと他人事のように考えてしまっている部分はあるし、妻や保育園の先生達が教えていることで充分正しさは足りている気がするのは怠慢か。

社会人10年目。

社会人10年目。 サラリーマン経験5年、起業して5年。 これからは経営者としての人生経験のほうが長いことになる。

今日ふと社会人としては1人前になったと思えた。 これまで逃げ腰だった困難な状況に立ち向かおうとしていたから。 それは責任を背負ったおかげ、逃げてきた自分の過去を乗り越えなければいけないという気持ちがどこかに根付いたからだと思っている。

もちろん経営者としては1人前でない。自称することすらまだ恥ずかしい。

・年商5億(運だけでいける3億、努力で超える5億、才能で超える10億、と誰かが言ってたので)

・10期目(一通りの苦難を経験するらしいので)

経営者として1人前は諸説あるけれど、どちらを満たすとまず経営者を自称してもいい時期が来るのかなと思っている。

上の娘が今可愛い

上の娘が今可愛い。 もう年長。

風邪を引き、結膜炎のように目が赤くなった妻を想い、

「可哀想だね。はやく良くなるといいね」

と思いやりをこめた口調で、鼻くそをほじりながら、そして最後には食べた。

下の子も可愛い。 まだ0歳。

嫌いな食べ物は全部床に投げ落として、 あとで拾って食べている所。

4/3から保育園初登園だったけどまだいけず 風邪を引いて今日も寝ている。

心機一転したいところ

あと2日で起業しての4期目が無事終了する。

「10年やって経営者」

「運だけでいける3億、努力でいける5億、才能で超える10億」

そういう事を事前に聞いていたので、だいぶ石橋を叩いて、日々地道にやっている。

まだ全然慣れた気はしなくて、社長を自称する自信もついていない。

うすらぼんやり2〜3年後の市況を考えて、現在の競合を見渡し、旨味が残されているニッチな 荒地を探して、日々耕していたような弱者としての生存戦略

さて。

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年末は妻子を置いて、一人旅に行かさせてもらった。 タイはバンコク、インドはデリーとバラナシ。 タイでは現地で働く前職の後輩との再会と和解を果たし、インドではインターンで来てた後輩と合流し、楽しい旅行となりました。

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年始は妻子とともに韓国へ。 4月で育休期間を終える前にと最後の旅行ラッシュ。 妻と下の子が体調不良でダウンしていたので、ロッテワールドに上の娘と2人で行きました。 あまり海外という感じがせず拍子ぬけしましたが、家族で最初に行く旅行先としてはイージーでよかったし、韓国は親切な人が多かったのもよかったです。

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2月は上の子の誕生祝いでディズニーホテルへ宿泊。 ランドの回り方は授乳時間やファストパスを取る時間などを配慮した妻の完全なスケジュールのおかげで楽しくすごせました。

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3月は近場が楽ということで箱根へ。 連休での混雑にしていたのが難だったけど、一番混む経路は運良く避けられたようだった。 小涌園の温泉プールに上の子と行き、みんなで海賊船に乗ったり、箱根の森美術館に行ったりできて、とてもリラックスできた。

あと日記に書けなかったけど、野毛の動物園や東武動物公園、木更津のアウトレットに行ったりとそれなりに家族で楽しい時間を過ごせたかなと思ってます。

妻に大きく叱られることもなく年明けから年度末にかけては概ね順調でした。

子供をうまく褒められない

大人になると会話の潤滑油として相手の褒められそうな点を探し褒めるし、褒められたら謙遜や褒め返しをする。 もはや半分意味のない記号的なやりとりになっている事が多く、特に褒められても自信を持ったりしないし、逆に本当に褒めるべき事案があった際には、褒めるという行為自体が傲慢であるように感じる事があって、褒める以外の行動を取るようになる。 とはいえ、褒める褒め返すのキャッチボールができると人並みに大人になったような感覚を持てたりする。

たまにめんどくさくなる。 褒められるのが面倒くさいので、速く会話を終わらせたくて褒め返しや否定をして会話を変える。 謙遜すると余計人は褒めたくなる傾向があるので、逆に褒めたくなるなくなるぐらい傲慢に振る舞って相手を不快にし、自分にプレッシャーをかけた方が色々背負えていいんじゃないかと思ったりする。 そういう面倒くさいことをたまに考えるタイプの人間です。

子供について。 文字を覚えたり、絵を書いたり、楽器を練習したり、褒められそうな機会がある。 「上手だね」と記号的に処理することに抵抗がある。 何故か。 たいてい上手ではないから。 子供に対してだけ何故か審美眼が厳しくなる。

「(以前に比べて)上手になったね」であれば事実に反しないケースがたくさんあるが、これも抵抗がある。 何故か。 上手になることが一概に良いことだとは思っていないから。 良いと思っていないことを子供にあまり言いたくない。 特に絵なんかそう。写実的に書くことがいいと思えない。そういうことを考えてしまう。

なので、手紙を書いてくれたら「嬉しいからまた書いて」とか絵を描いたら「もっと描いて欲しい」とか言うようにしている。 褒めなくてはいけないことはないと思うので、これでいいと思っている。 こういう返答のバリエーションを子供が喜ぶ形で増やしたい。

結局、良い悪いの評価をする事に抵抗があるんだと思う。 短期的に得たものが、中長期的には失っていることと同義だったり。 これは子供でも大人でも同じだと思う。 わからないことはわからないまま置いておいて、わかる自分の気持ちだけ誠実に伝えるようにしたい。

深夜の走り書き。