3年の寄り道、そして帰国へ
2026年4月から、日本での生活を再開します。 オーストラリアには約3年弱滞在していたことになります。
日本に戻る理由は大きく2つ。ひとつは、長女が日本の高校に進学したいという希望。そしてもうひとつは、私自身が長年漠然と抱いてきた「海外に住んでみたい」という欲求が満たされたことです。
妻も名残惜しさはあるようですが、一定の満足感を得られたようです。次女は現地で多くの友達ができて寂しさはあると思いますが、「日本の給食が楽しみ」と言っていて、そんな言葉に少し安心もします。
こちらでは結局、要件を満たしていた投資家ビザが移民局の方針転換で通らず、働くことはありませんでした。働けなかった、というよりは「働かなくてもいい」という免罪符をもらったような気持ちで過ごせた面もあり、それはそれでありがたい経験でした。もしビザが下りて起業していたら、今回の判断もまったく違ったものになっていたかもしれません。
起業していたら、資金を失う不安から必死になって人と会い、語学を磨き、政治・経済や文化への理解ももっと深めていたでしょう。それができなかったのは少し残念です。ただ、海外で生活したことで得られたもの、消化できた気持ちは確かにあって、やはり来てよかったと今は思います。怠惰に過ごした時間も無駄ではなく、怠惰は怠惰でよし、という感覚を持てたのも収穫のひとつです。
知らない国で友達ができたこと、知らなかったことを知れたこと、そして家族と多くの旅行を楽しめたこと。こうした経験はとてもシンプルに「よかった」と思えるものです。
渡豪前は、日本に少し嫌気が差していました。けれど今は、日本に戻れることが素直に嬉しい。性格的に、またいつか日本に対して不満を感じることもあるかもしれません。でも一度外に出て、距離を置いたことで、これからの日本での暮らしを前より前向きに受け入れられる気がします。
渡豪6ヶ月目の所感
渡豪6ヶ月目。
ニュージランドに2週間、日本に2週間、フィリピンに4週間いたので、実質滞在は4ヶ月程度か。
4月はタイに、6月はアメリカ(初NY)な予定。
なぜこんなに旅行ばかりしているかというと観光ビザでオーストラリアにいるので、3か月置きに外に出ないといけないという決まり。労働ビザでも学生ビザでもワーホリでもく、変わったビザを待ち、もうはや3年、石の上。待ちきれずにフライング渡豪したとい1う経緯。
こちらは2月で新学期、心配だった上の子もフィリピンで特訓した英語のお陰もあり、だいぶ良いスタート。
下の子は友達たくさんで既に順風満帆。
俺はビザ降りたら、飲食店やりたいと思っていて、商売を通じて社会参加したい、学びたい、良い時間を過ごしたい、とかワクワク妄想。
妻と2人の時間を作りたい、子供達との時間を増やす、知らない文化を知りたい、知らない土地で全く知らない商売やりたい、移住前にイメージしてたことは少しづつだが、出来ている。
子供が高校卒業まであと12年、何もなければそのぐらい居る予定。
その間に家族でどこに行くか考えたり、その後夫婦でどこに住むかとかも何となく考えていきたい。
渡豪3ヶ月の所感
生活は落ち着いた?とよく聞かれ、うまい返しができず、あらかじめ答える内容を用意してみた頃には、質問の旬を逃してる。
4ヶ月目、だいぶ慣れてきた。 地名や人名を少しづつ覚えられるようになってきた。 初めは、何をしていても高揚感があった。 車を運転していても慣れない。緊張する。 スーパーで買い物していても、商品レイアウトが違うから、どこに何があるかの感覚が働かない。 店員に英語を話しかけるのも億劫で少し勇気が必要だった。 子供の送り迎えで会う同級生の両親と会話するのにとても緊張していた。 今は少しづつ平気になってきた。 知り合いとの1対1の会話はだいぶ平気になった。でもグループの会話は聞き取れないし、テンポが早くて入れない。 彼らはずっとジョークを言って楽しんでいて、あのくらい楽しそうに話をできるようになりたいと思う。決して下品な笑いではなくて、誰にでも冗談とわかる話で、誰も傷つかない感じの笑い。
とにかく、来て良かったと思っている。 全く縁もゆかりもない土地で暮らすって一所懸命にならざるを得なくて退屈しない、今のところ。
父の日のプレゼント
実家の父には酒を送りました。母は嫌がるかもしれない。
我が家の子供たちは、感謝状をくれました。
次女は間違えて今月の俺のまだきていない誕生日の手紙までくれて、「見なかったことにして」と言って、居間のテーブルに置きっぱなしにしていますが、各自いろいろやってくれたのでありがたい。
長女は家事をやってあげる券をくれました。
よく見ると、券ではなく、拳になっているのをいじりましたが、子供の頃、自分もやったなぁとと。この日銀がお金を刷る感じ、懐かしい。
妻の人付き合い
妻は友達が多い。 友人の誕生日にはプレゼントを送る。 職場の人でも年齢性別あまり関係なく自分が好きな人であれば積極的に食事に誘ったりしている。仕事を辞めても、長く付き合えるような人がたくさんいるだろう。 会話についても、相手の話を面白がり、あまり否定しないし、話題の範囲も比較的広め、そして飾らず自己開示しながら話しをする人だと思う。 そして、何よりよく笑う。未来のイベントを楽しみにすることが多い。 先日、友人の本の出版が決まったことを自分の事のように喜んでいた。 校正を少し手伝っていたのもあるけれど、他人の喜びを自分ごととして喜べるのはとてもかっこいい。
学校のお知らせ
次女が学校から帰ってきてお知らせの紙を出さない。今日は遠足だったが、昨晩、持ち物が分からず、本人はもう寝ているし、遠足のしおりもなく、仕方なく妻がママ友に連絡し事なきを得る。
今朝当人が起きて、遠足に持っていくものがわからないと言って泣き出し、妻は不機嫌になり、その煽りを受けたらしい長女から愚痴のラインが来て、朝起きた事を知る。
次女は表情豊かで、お菓子を食べる時は、溢れんばかりの笑顔で食べるし、基本的にはいつも楽しそう。人付き合いについては、上級生下級生分け隔てなく話しかけるが、最近は初対面の大人には人見知りするようになった。
今朝の反応は、意外と繊細な一面と感じた。
それはともかく、そろそろ早起き生活に戻したい。
いっちょまえ
娘達が給食で食べた梅ひじきふりかけが美味しかったと言ったので近くのスーパーで買った。
そして夕飯当番なので、粉かけて焼くだけのジャークチキンを作り、子供達が好きなコーンご飯を炊くと、次女7歳が、「ふりかけは白ごはんが良かった」という。
いっちょまえだ。
たしかに、ふりかけは白ごはんだ。
ついぞこの前まではそういう組み合わせもわかっていなかったと思っていたが、もうそう言う事も言うようになったのだと感心した。