やっぱり俺はこの子の事が好きなのだ

妻との出会いから子育てまで

2019年1Q 備忘録

2018年海外3ヶ所、国内5ヶ所の合計8回の東京離れ。 今年は月1ペースで東京を離れられている。 日程を定めず、世界を一度ぶらぶらしたい。

1月正月 サンフランシスコ出張

  • 英語力。。。

1月末 四万温泉家族旅行

  • 雪道。積善館。

3月 台湾家族旅行

  • 食べ歩き。

4月 沖縄長女とふたり旅

  • ちゅら海水族館、たくさん遊べた。

5月ウラジオストック家族旅行予定。

長女との関係改善をする

シンプルに事実から書くと、7歳の長女に怒ってしまうことが多いです。

その結果、長女は「お父さんは怒る、もう嫌だ」となりがち。

思春期に入る前にもう少し関係改善した方がいいと妻。

自分自身も改善したいと思っています。

取り返しがつかないほどではないけれど、取り返すならもう土俵際な自覚はある。

長女は「お父さんともっと仲良くなりたい」と言ってくれているようですが、

裏を返せば、「今はそんなに仲良くない」という意味でもあって関係改善が望まれます。

ということで、整理。

怒るポイントは下記。

・言ったことをすぐやらない(期待する2テンポくらい遅い)

・次女と揉める(物理的に距離を置けばいいのに取らずに被害を声高に主張する)

・ふてくされる(ヒステリックになったりする)

長女の苦手なポイントは下記。

・ネガティブな発言が多い(楽しくなかった出来事の報告が多い)

・食わず嫌いが多い(食べ物・行動)

■言ったことをすぐやらない、

すぐやらないだけで2テンポ待てばやると妻。

なので、2テンポ待つという期待値に下げます。

2テンポ待ってできたら、できた時点で感謝を伝えます。

これに慣れてきたら「ありがとう。次はもう少し早くしてくれると嬉しいな」と伝えます。

こちらの反応を、まず「怒る」から「感謝」に変え、話を聞いてもらいやすい環境をつくってから、「改善」を目指します。

■次女と揉める

基本的には姉妹の仲は良いほうだと思います。

揉めるのは仕方がないんですが、長女のほうが話が通じる以上、次女ではなく長女へ対応を求めてしまう部分が多いです。

それに対して、「なぜ私が」とか「妹が悪いのに」と言いたくなる気持ちが当然あるのだと思います。

あまり長女に求めず、次女が悪い場合は次女に注意するようにします。

長女もまだ小さいので対応できるという期待値で接しないようにします。

■ふてくされる

次女と揉めたりして怒られた後などたまにふてくされます。

「ふてくされてても状況改善しない」

「言いたいことははっきり言おう」

などと伝えても、ふてくされていたりするので、イライラします。

ふてくされたら、良い対応が思い浮かばないので、妻に任せ対応を学びたいと思います。

■ネガティブな発言が多い

性来の性分なのか、次女に奪われた注目に対する本能的な危機感なのかわかりませんが、親が心配をしてくれる会話ネタとして認識しているような 気がします。

ですが、単純に聞いている方はあまり楽しくない。

なので、ネガティブな話にはあまり反応しないでおき、たまに楽しかった話を聞かせてくれた場合には、「そういう話を聞かせてもらえるととれも 嬉しい」と伝えます。

ネガティブには無反応、ポジティブにはポジティブフィードバックを返し、ポジティブな発言を促してみます。

機嫌が良さそうな時に質問するとポジティブに帰ってくるので、タイミングも見計らうようにします。

■食わず嫌いが多い

自分もそういう部分があるので、人の事言えないですが、けっこう度が強いです。

まず食については年を取るのを待ちます。味覚は年齢でたぶん変わるから待つ。

行動については、親がまず楽しんでいる姿を見せるとかそういうことをやってみます。

あとは春休みなど2人きりで旅行に誘ってみたいと思っています。

ただ今誘うと行ってくれるかどうか怪しい部分もあるので、OKをもらう下地作りとしてプラスで下記をミッションとします。

・毎朝通学時、ハグして愛を伝え、見送る(以前やって効果が見られたが、今はやってない)

・寝かしつけ時、話をいつもよりしっかり聞き、愛を伝え、寝てもらう(これは今もやっているが、おざなりなので、”聞く”に重点を置きやります)

子育ての現場からは以上です。

結局、会社でやっていることも子育てに似ている気がしています。

期待値を下げる、待つ、やってみせる、好意やポジティブなフィードバックを伝える、とか。

海外移住を妄想する。

海外移住を妄想する。 今の所、妄想にとどめ、実際的な手順を調べていないのは、ToDo化すると具体的にイメージでき、モチベーションがあがり現実化できてしまうから。 もう少しだが、まだ早い、ような気がする。 仕事にかこつけての移住は特定の地域であれば可能。ただ移住地の選定のために世界一周はしたい。 そのためには育児絡みの問題解決をとなるが、相談が必要なので、一旦そこで思考停止している。 はたして今それを選ぶことが自分にとって最良であるか、というのに自信を持てないのだと思う。

■12月 釜山出張 ・セミナー登壇

■年末 香川家族旅行 ・長女の同級生家族の所へ

■1月  サンフランシスコ出張 ・打ち合わせ

■3月  台湾家族旅行 ・台北九份など

未来の自分について自信がもてるとすれば、自分で選んだ選択を今までも正当化し受け入れてきたこと、か。

旅行忘備録

前回ブログ更新から早1年たってる。 光陰もはや矢、矢というより光速。 もう年末の旅行の計画を立て始めている今日このごろ。

宮古島家族旅行(2017年10月)

  • 暑くてさとうきび畑の砂糖作り体験中に熱中症気味になった妻子。
  • 島民の老人は鈍化の魔法をかけられたようにリズムが独特だった。
  • 内陸部で殺風景だった。海辺にすればよかった。
  • みやこそば>沖縄そば、な自分の好みに気づいた。
  • 子供達の反応がいまいち思い出せない
  • 3泊くらいしたが、ドン・キホーテがあったことが一番鮮明に覚えている事。

鴨川家族旅行(2017年11月)

  • 水族館。海沿いでかなり広い水族館だった。シャチに水かけられ子供ギャン泣き。
  • 海沿い過ぎた旅館。宿は良かった。
  • 1泊旅行だと記憶に残らない。

愛知家族旅行(2018年2月)

サンフランシスコ出張(2018年3月)

  • 業界イベント参加のため初渡米。講演は全部ネット配信されてることを知らなかった。行く必要なかった。
  • Google本社やSFオフィスにいった。
  • 大きな商談のきっかけになった。が、渡米でビジネスの学びはなかった。
  • 全然関心の無かった米国に興味を持つきっかけになった。
  • 現地に行くのは大事だと思った。自分のビジネスのメイン市場だし。

韓国出張(2018年4月)

  • セミナー。同業の世界のトップ企業と直接話す機会を得て大きな刺激。
  • スタッフの意識が上がった。トップ企業との差を身を持って実感し、イメージ湧いた事は収穫だったと思う。

保育園の同級生5家族とキャンプ(2018年6月?)

  • コミュ力高い人に任せれば何とかなる
  • 子どもたちは集まるととても楽しそう。下の子も楽しそうだった。
  • 焚き火最高。
  • 酒飲めばコミュ障も何とかなる

旭川家族旅行(2018年8月予定)

  • 動物園。
  • あと何すんだろ。

大島家族旅行(2018年9月予定)

  • 温泉と海。牧場。
  • 調布から飛行機でいく(30分)東京離島は飛行機だとかなり近い。
  • 調布飛行機は、大手旅行サイト対応しておらず不便。

イスラエル出張(2018年10月予定)

  • 招待旅行。昼ちょろっと勉強会、夜はパーティ的なものが2回あるらしいが、英語つらい。
  • あわよくばエルサレムに行きたい。

香川家族旅行(2018年12月予定)

  • 直島、民宿、美術館。
  • 豊島。何がある?
  • 同じマンションに住んでた、Uターンしてしまった娘の同級生家族宅に泊まる。

こう書いてみると旅行それなりにできてるように見えるけど足りてない。 気分を変えたい、リフレッシュしたい欲求が消化しきれていない感じ。 現実的な理想としては、長めの家族旅行を夏と冬で2回、軽めのやつを3ヶ月に1回で年4回。あとは、きちんと目的ある出張を3ヶ月に1回で年4回の、合計年10回くらいの旅行をしたい(2018年8回の見込み)

あと「インドに行って人生変わった」というのはNGワードっぽい雰囲気ありますが、僕は初海外の1ヶ月のインド旅行で人生変わった気はしてます。23歳という年齢も良かったし、初海外というのも良かった。人生が180度変わったとは思わないけど、人生が5度くらい変わって、時間が経ち、あの時から離れ、転換点であった事が明確に自覚できるようになった気がしています。

嘘つく人と謝らない人

上の娘年長5歳は同級生のお宅で飲み物をこぼしたその帰り際にもきちんと謝って帰ってきた話を妻より伝言、立派。 下の子1才児クラスの娘の運動会でよそのお宅の子供の帽子を間違えて被せて競技してしまった僕はその場で謝ろうと思ったが、タイミングを逸し、謝らず仕舞い。 先方ママに会う度に帽子を間違えた事を思い出すが、今更言うのもあれだなと思って、一通り挨拶を交わして、登園を済ましている。 こういうことは小さい事だけど気持ちがざらつく。

上の子が妻との話しで、「お父さんはオナラしても、人のせいにする」「お父さんは、怒ったあと謝らない」と言っていたらしい。 オナラの話しは、冗談のつもりだった、誰も傷つけない嘘はOKだと思っている人もいると覚えておいて欲しいと言って済ませる事もできそうだが、怒った後謝らないのは、妻の怒った後のフォロー見てると、要改善だと自覚した所。 妻は怒るけど、強く怒ったそのあとは、必ず、どうして怒ったか、どうして欲しかったかなどを冷静になって、もう一度話しているようだ。 強く怒られた側は、よくわかっていなくても従わざるを得なく感じている時もあるはずで、それを一度時間置いてから説明するのはすごくいい方法だなと思った。

5歳児より36歳が劣る事もあると考えると年を取ることは、イコール成長ではないなと自戒。

問題が起きた時の対応

引き出しを開けられるようになった1歳4ヶ月の娘がメンタームの蓋を開けて舐め回していた。

メンタームに含まれる"カンフル"という成分が防虫剤の「しょうのう」と同じ成分とのことで、

慌てて調べたのだけれど知恵袋的なサイトの素人解答ばかりで対応方法の信頼性に欠けた。

妻から、#8000 で小児救急に相談電話をかけられるというのを聞き電話。

・5g以上誤飲の場合は病院へ(メンターム

・飲んで5〜10分で症状は出るので、90分以内に嘔吐や下痢など現れなければ問題ない。

・水は飲ませていいが、牛乳はだめ。

先方側に対応マニュアルがあるようで、それを読んでくれているようだった。

ゆっくりと落ち着いたトーンで話していた。

5g以上、誤飲はしていなそうだったので、ひとまず様子見し、今はすやすや寝ているので問題はなかったようだ。

一般的な問題発生後の対応としては、対処の選択肢を洗い出す、洗い出したら落ち着く、状況に応じて行動する、再発予防策を練るという思考で接している。 誰かを責めることに全くプラス要素はないので絶対にしない。その誰かが未然に防いでくれている問題が必ず存在するし、覆水はけして盆にかえらないから。

妻から「手に届く所に置いといてごめん」と言われ「?」となったのは、むしろ、目の前で引き出しあけてるのを見てなかったのは俺だったから。

時間をおいて思い返してみると一つ抜けている問題発生後の対応として、謝るという発想が自分には抜けていたこと。

必ず問題は起こる、起きたら対処し、再発予防策をねればいい、あわせて想定できそうな問題を先回りして予防する良い機会とする、という思考回路で自動運転しているので、仕事でも問題が起きた時に、謝罪のステップはむしろ不要で、リカバリと予防策だけしっかりしてもらえればいいと思っている(特に社内) という、この発想自体が、謝られる側の思考回路というか、世間ずれしているかもしれないと思いついた。

そういえば仕事でも謝られる側に立ち、対処の舵を取るシーンが多いので、謝られるのがめんどくさくて嫌というか、そういう意識がどこかにある。 そういうことを認識する機会だった。

思い切ってやって良かったこと

直近1年間くらいの、思い切ってやって良かったこと。

こうして書いてみて気づいたのだけど、共通したテーマは”時計の針を進めること”だった。

■ 5年ぶりにケンカ別れに近い状態だった前職の後輩にバンコクまで会いに行ったこと。

前職当時、会社のエースになった急成長中の後輩、育ての親のつもりで接してきた上司である私を責めるの図、私はどん底

海外の高揚も手伝って楽しく話せた。

当時の話しは特にせず、お互いの現状報告と未来の展望を話して、また会う約束をした。 今はベトナムに行った模様。

海外で働く事に対する憧れのようなものが、ずっと自分の中にあった。

海外、というより、生まれ育った土地から離れて生活できるようになることに対する憧れ。

と同時に、土地に根を貼る既得権者への憎悪(特定の対象があるわけでなく、漠然とずっと嫌い。何故だ)

大学で上京したのもそうだし、自分で起業したのも多分そう、現在会社を海外展開で動かそうとしているのも多分そう。

精神的、肉体的に生まれた場所から遠くへ行きたいのだ。

先に行きやがってという気持ちもあり、嬉しくもあり。

■ 13年間お礼を言えなかった集英社バイト時代の編集長に会いに行ったこと。

フリーターは、学生でもない社会人でもない曖昧な状態だった。

そこで会った面倒見の良い社会人がその人だった。

同業者の飲み会にその人の部下にあたる人がいて繋いで頂いた。

”あなたが出会う人は,誰でも何かを恐れているし,誰かを愛しているし,何かを失った人なのだという事を覚えておきなさい”

人生の100箇条みたい手紙と金一封を退社時に頂いた。

お礼の手紙を書こうと思ったけど、相手は文章のプロだと気が引けて、投函できずに時間が過ぎた。

1人前になったら連絡しようと13年も経っていた。

1人前かどうかは怪しいが、当時と変わらず一人の人間として接してもらった。

結局マシンガントークを浴び、お礼を言う暇なく。

今年で定年らしいので、また会いに行く。

■20年ぶりに中学校の同窓会に参加した。

当時を思い出すと自意識の強さに目眩。

恥ずかしいだけならまだしも他人を傷つけ、そのこと自体が自分の中でしこりになっていたり。

正直、仲の良いメンバーが参加しそうになかったので、直前まで迷ったのだけど、思い切って参加した。

”謝れそうな人にちゃんと謝る”

というのが裏テーマだった。

結局、謝罪は当時の担任にだけした。

「どれを謝りたいの?」

と言われて笑った。

あと初めて付き合った子にも会った。

当時、ろくに話さなかったので、どういう子かも知らなかったし、話してみてやっぱりよくわからなかった。

ただ初めて付き合って自意識をこじらせた苦い記憶だけあって、消化しきれずにいた。

「当時はお互い幼かったよね」

というマジックワードを貰って、時計の針を進めた気がする。

また別に、謝れなかった人もいたけど、その話題に触れないで良かったようにも思うし、話すことはできた。

結論、良かった。 いにしえの後悔や心残りは、蓋をせず、時計の針を進めに行くべき。