やっぱり俺はこの子の事が好きなのだ

妻との出会いから子育てまで

海外移住を妄想する。

海外移住を妄想する。 今の所、妄想にとどめ、実際的な手順を調べていないのは、ToDo化すると具体的にイメージでき、モチベーションがあがり現実化できてしまうから。 もう少しだが、まだ早い、ような気がする。 仕事にかこつけての移住は特定の地域であれば可能。ただ移住地の選定のために世界一周はしたい。 そのためには育児絡みの問題解決をとなるが、相談が必要なので、一旦そこで思考停止している。 はたして今それを選ぶことが自分にとって最良であるか、というのに自信を持てないのだと思う。

■12月 釜山出張 ・セミナー登壇

■年末 香川家族旅行 ・長女の同級生家族の所へ

■1月  サンフランシスコ出張 ・打ち合わせ

■3月  台湾家族旅行 ・台北九份など

未来の自分について自信がもてるとすれば、自分で選んだ選択を今までも正当化し受け入れてきたこと、か。

旅行忘備録

前回ブログ更新から早1年たってる。 光陰もはや矢、矢というより光速。 もう年末の旅行の計画を立て始めている今日このごろ。

宮古島家族旅行(2017年10月)

  • 暑くてさとうきび畑の砂糖作り体験中に熱中症気味になった妻子。
  • 島民の老人は鈍化の魔法をかけられたようにリズムが独特だった。
  • 内陸部で殺風景だった。海辺にすればよかった。
  • みやこそば>沖縄そば、な自分の好みに気づいた。
  • 子供達の反応がいまいち思い出せない
  • 3泊くらいしたが、ドン・キホーテがあったことが一番鮮明に覚えている事。

鴨川家族旅行(2017年11月)

  • 水族館。海沿いでかなり広い水族館だった。シャチに水かけられ子供ギャン泣き。
  • 海沿い過ぎた旅館。宿は良かった。
  • 1泊旅行だと記憶に残らない。

愛知家族旅行(2018年2月)

サンフランシスコ出張(2018年3月)

  • 業界イベント参加のため初渡米。講演は全部ネット配信されてることを知らなかった。行く必要なかった。
  • Google本社やSFオフィスにいった。
  • 大きな商談のきっかけになった。が、渡米でビジネスの学びはなかった。
  • 全然関心の無かった米国に興味を持つきっかけになった。
  • 現地に行くのは大事だと思った。自分のビジネスのメイン市場だし。

韓国出張(2018年4月)

  • セミナー。同業の世界のトップ企業と直接話す機会を得て大きな刺激。
  • スタッフの意識が上がった。トップ企業との差を身を持って実感し、イメージ湧いた事は収穫だったと思う。

保育園の同級生5家族とキャンプ(2018年6月?)

  • コミュ力高い人に任せれば何とかなる
  • 子どもたちは集まるととても楽しそう。下の子も楽しそうだった。
  • 焚き火最高。
  • 酒飲めばコミュ障も何とかなる

旭川家族旅行(2018年8月予定)

  • 動物園。
  • あと何すんだろ。

大島家族旅行(2018年9月予定)

  • 温泉と海。牧場。
  • 調布から飛行機でいく(30分)東京離島は飛行機だとかなり近い。
  • 調布飛行機は、大手旅行サイト対応しておらず不便。

イスラエル出張(2018年10月予定)

  • 招待旅行。昼ちょろっと勉強会、夜はパーティ的なものが2回あるらしいが、英語つらい。
  • あわよくばエルサレムに行きたい。

香川家族旅行(2018年12月予定)

  • 直島、民宿、美術館。
  • 豊島。何がある?
  • 同じマンションに住んでた、Uターンしてしまった娘の同級生家族宅に泊まる。

こう書いてみると旅行それなりにできてるように見えるけど足りてない。 気分を変えたい、リフレッシュしたい欲求が消化しきれていない感じ。 現実的な理想としては、長めの家族旅行を夏と冬で2回、軽めのやつを3ヶ月に1回で年4回。あとは、きちんと目的ある出張を3ヶ月に1回で年4回の、合計年10回くらいの旅行をしたい(2018年8回の見込み)

あと「インドに行って人生変わった」というのはNGワードっぽい雰囲気ありますが、僕は初海外の1ヶ月のインド旅行で人生変わった気はしてます。23歳という年齢も良かったし、初海外というのも良かった。人生が180度変わったとは思わないけど、人生が5度くらい変わって、時間が経ち、あの時から離れ、転換点であった事が明確に自覚できるようになった気がしています。

嘘つく人と謝らない人

上の娘年長5歳は同級生のお宅で飲み物をこぼしたその帰り際にもきちんと謝って帰ってきた話を妻より伝言、立派。 下の子1才児クラスの娘の運動会でよそのお宅の子供の帽子を間違えて被せて競技してしまった僕はその場で謝ろうと思ったが、タイミングを逸し、謝らず仕舞い。 先方ママに会う度に帽子を間違えた事を思い出すが、今更言うのもあれだなと思って、一通り挨拶を交わして、登園を済ましている。 こういうことは小さい事だけど気持ちがざらつく。

上の子が妻との話しで、「お父さんはオナラしても、人のせいにする」「お父さんは、怒ったあと謝らない」と言っていたらしい。 オナラの話しは、冗談のつもりだった、誰も傷つけない嘘はOKだと思っている人もいると覚えておいて欲しいと言って済ませる事もできそうだが、怒った後謝らないのは、妻の怒った後のフォロー見てると、要改善だと自覚した所。 妻は怒るけど、強く怒ったそのあとは、必ず、どうして怒ったか、どうして欲しかったかなどを冷静になって、もう一度話しているようだ。 強く怒られた側は、よくわかっていなくても従わざるを得なく感じている時もあるはずで、それを一度時間置いてから説明するのはすごくいい方法だなと思った。

5歳児より36歳が劣る事もあると考えると年を取ることは、イコール成長ではないなと自戒。

問題が起きた時の対応

引き出しを開けられるようになった1歳4ヶ月の娘がメンタームの蓋を開けて舐め回していた。

メンタームに含まれる"カンフル"という成分が防虫剤の「しょうのう」と同じ成分とのことで、

慌てて調べたのだけれど知恵袋的なサイトの素人解答ばかりで対応方法の信頼性に欠けた。

妻から、#8000 で小児救急に相談電話をかけられるというのを聞き電話。

・5g以上誤飲の場合は病院へ(メンターム

・飲んで5〜10分で症状は出るので、90分以内に嘔吐や下痢など現れなければ問題ない。

・水は飲ませていいが、牛乳はだめ。

先方側に対応マニュアルがあるようで、それを読んでくれているようだった。

ゆっくりと落ち着いたトーンで話していた。

5g以上、誤飲はしていなそうだったので、ひとまず様子見し、今はすやすや寝ているので問題はなかったようだ。

一般的な問題発生後の対応としては、対処の選択肢を洗い出す、洗い出したら落ち着く、状況に応じて行動する、再発予防策を練るという思考で接している。 誰かを責めることに全くプラス要素はないので絶対にしない。その誰かが未然に防いでくれている問題が必ず存在するし、覆水はけして盆にかえらないから。

妻から「手に届く所に置いといてごめん」と言われ「?」となったのは、むしろ、目の前で引き出しあけてるのを見てなかったのは俺だったから。

時間をおいて思い返してみると一つ抜けている問題発生後の対応として、謝るという発想が自分には抜けていたこと。

必ず問題は起こる、起きたら対処し、再発予防策をねればいい、あわせて想定できそうな問題を先回りして予防する良い機会とする、という思考回路で自動運転しているので、仕事でも問題が起きた時に、謝罪のステップはむしろ不要で、リカバリと予防策だけしっかりしてもらえればいいと思っている(特に社内) という、この発想自体が、謝られる側の思考回路というか、世間ずれしているかもしれないと思いついた。

そういえば仕事でも謝られる側に立ち、対処の舵を取るシーンが多いので、謝られるのがめんどくさくて嫌というか、そういう意識がどこかにある。 そういうことを認識する機会だった。

思い切ってやって良かったこと

直近1年間くらいの、思い切ってやって良かったこと。

こうして書いてみて気づいたのだけど、共通したテーマは”時計の針を進めること”だった。

■ 5年ぶりにケンカ別れに近い状態だった前職の後輩にバンコクまで会いに行ったこと。

前職当時、会社のエースになった急成長中の後輩、育ての親のつもりで接してきた上司である私を責めるの図、私はどん底

海外の高揚も手伝って楽しく話せた。

当時の話しは特にせず、お互いの現状報告と未来の展望を話して、また会う約束をした。 今はベトナムに行った模様。

海外で働く事に対する憧れのようなものが、ずっと自分の中にあった。

海外、というより、生まれ育った土地から離れて生活できるようになることに対する憧れ。

と同時に、土地に根を貼る既得権者への憎悪(特定の対象があるわけでなく、漠然とずっと嫌い。何故だ)

大学で上京したのもそうだし、自分で起業したのも多分そう、現在会社を海外展開で動かそうとしているのも多分そう。

精神的、肉体的に生まれた場所から遠くへ行きたいのだ。

先に行きやがってという気持ちもあり、嬉しくもあり。

■ 13年間お礼を言えなかった集英社バイト時代の編集長に会いに行ったこと。

フリーターは、学生でもない社会人でもない曖昧な状態だった。

そこで会った面倒見の良い社会人がその人だった。

同業者の飲み会にその人の部下にあたる人がいて繋いで頂いた。

”あなたが出会う人は,誰でも何かを恐れているし,誰かを愛しているし,何かを失った人なのだという事を覚えておきなさい”

人生の100箇条みたい手紙と金一封を退社時に頂いた。

お礼の手紙を書こうと思ったけど、相手は文章のプロだと気が引けて、投函できずに時間が過ぎた。

1人前になったら連絡しようと13年も経っていた。

1人前かどうかは怪しいが、当時と変わらず一人の人間として接してもらった。

結局マシンガントークを浴び、お礼を言う暇なく。

今年で定年らしいので、また会いに行く。

■20年ぶりに中学校の同窓会に参加した。

当時を思い出すと自意識の強さに目眩。

恥ずかしいだけならまだしも他人を傷つけ、そのこと自体が自分の中でしこりになっていたり。

正直、仲の良いメンバーが参加しそうになかったので、直前まで迷ったのだけど、思い切って参加した。

”謝れそうな人にちゃんと謝る”

というのが裏テーマだった。

結局、謝罪は当時の担任にだけした。

「どれを謝りたいの?」

と言われて笑った。

あと初めて付き合った子にも会った。

当時、ろくに話さなかったので、どういう子かも知らなかったし、話してみてやっぱりよくわからなかった。

ただ初めて付き合って自意識をこじらせた苦い記憶だけあって、消化しきれずにいた。

「当時はお互い幼かったよね」

というマジックワードを貰って、時計の針を進めた気がする。

また別に、謝れなかった人もいたけど、その話題に触れないで良かったようにも思うし、話すことはできた。

結論、良かった。 いにしえの後悔や心残りは、蓋をせず、時計の針を進めに行くべき。

子供の嘘について

時間を意識して行動できるようにと残り時間が見える時計を購入。

夕飯を食べる時にも試験的に使っているのだけど、残り時間を不正に延長する長女を妻が発見。

叱る前に罪を感じた長女は号泣。

子供と生活する中で嘘について考えさせられるシーンがちらほら。

5歳はそういう年齢かもしれない。

僕は嘘をつくこと自体があまり悪いと思っていない。

むしろ嘘自体を世間一般より良いイメージで捉えている気がする。

長女について、もし自分が見つけていたら、「今何した笑?」と言って笑ってすましていたかもしれないし、また見つかったのが妻ではなく、僕だったら長女の反応も違ったような気がする。

■悪い嘘

・後ろめたさがつきまとう(自己保身。誤魔化せても、嫌な記憶として残る)

・誰かを傷つける(他者への攻撃。言わずもがな)

■良い嘘

・誰かを悲しませない嘘(例:まずい飯をうまいと言うこと)

嘘を自己保身と他者への攻撃のために使ってはならないが、他者にとってその方が良いと思う場合は嘘ついていいと思う。

嘘を全否定し、真実以外話してはいけない場合は、「嘘ではない」みたいな婉曲なテクニックを覚え、結局自分に嘘をついてないと信じ込ませるみたいな要素が出てくる気がしている。 それもまた悪い事ではないけど、自分をうまく騙すか、他人を騙すかの違いでしかない。

完璧な聖人などこの世にいないのだから、初めから清濁合わせ飲もうの精神。嘘はついて良い(条件付き)

今のところ、嘘について僕が特に注意しなくてはならないような状態ではないので、困っているわけではない。

結局の所、自分で失敗したり成功したりして学んでもらうしかないよなと他人事のように考えてしまっている部分はあるし、妻や保育園の先生達が教えていることで充分正しさは足りている気がするのは怠慢か。

社会人10年目。

社会人10年目。 サラリーマン経験5年、起業して5年。 これからは経営者としての人生経験のほうが長いことになる。

今日ふと社会人としては1人前になったと思えた。 これまで逃げ腰だった困難な状況に立ち向かおうとしていたから。 それは責任を背負ったおかげ、逃げてきた自分の過去を乗り越えなければいけないという気持ちがどこかに根付いたからだと思っている。

もちろん経営者としては1人前でない。自称することすらまだ恥ずかしい。

・年商5億(運だけでいける3億、努力で超える5億、才能で超える10億、と誰かが言ってたので)

・10期目(一通りの苦難を経験するらしいので)

経営者として1人前は諸説あるけれど、どちらを満たすとまず経営者を自称してもいい時期が来るのかなと思っている。